2011.3.11

2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生しました。
過去に見聞きしたことのない規模の恐ろしい災害に、胸塞がる思いです。

被災により亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
甚大な被害を被られ、今もまだ不自由な生活をされている被災地域の皆様に、
心よりお見舞い申し上げます。

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やはり、この出来事を記しておかねば。
地震、津波、原発の事故。

最初の大きな地震は、三陸沖が震源。
日本の観測史上最大規模のM9.0だったそう。東京は震度5強。5分ほど揺れた。
さらに、本震から間を置かずM7以上の強い地震が立て続けに。
30分後の茨城沖の地震では、東京でも突き上げるような縦揺れ。
会社の大型複合コピー機が、絨毯敷きの床の上にもかかわらず30cmも動いた。

帰宅or会社への泊まり、各自判断のうえ解散、の指示が出たのは16時過ぎ。
「私はどうしたらいいの?道なんてわかんない」とアタシに尋ねる同僚。
更年期障害かも?って本人も自覚しているようなんだけど、
気分の躁鬱が激しくて、時おり、いわれのない理由で彼女の口撃の被害に合うアタシ。
こんなヤツ、放っておこうぜ!(゚∀゚)  黒nene_coが囁いた。

でも見捨てもおけず、住所を聞いて地図を何枚もプリントし(オフィスは停電せず、ネットも使えた)、
大まかなコース取りの説明(責任取れないから複数案を提示、本人に選ばせた)、
飲みかけのペットボトルや、引き出しの中のチョコレートを携行するよう、アドバイス。
そんなことをしていたら、自分の支度が後回しになった。
彼女は4時間近く歩いて、無事自宅に着いたそうだ。なんだ、やれば出来んじゃん!


イチコク高輪2丁目付近、写真奥が品川駅方向
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信号機は「青」、車のブレーキランプが点灯
この後、徒歩帰宅の人波も八ツ山橋付近で大渋滞となる



会社から自宅までは30km弱。帰宅は無理と判断。
妹の家までの6km強を歩くことに決めて、会社を出たのは17時半。
昔は東京湾だった埋め立て地に立つ妹のマンション。
妹も姪もマンションも無事かどうか分からないまま、歩き出した。
途中でメールが何とか繋がり、身内の全員無事を確認、
妹宅も自宅も被害ナシの情報に安堵。

福島第一原発の地震による破損事故。
「輪番停電」なる言葉も、今回初めて知った。
電力不足による計画外の首都大停電を回避するため、
家庭でも、企業でも。それぞれがギリギリのところで、節電対策をしている。
気温が高めの日が続いたこともあり、これまでのところ、
グループ当番制の計画停電、ワタシの住む街では予定の半分ほどの日数で
実施されたにとどまっている。


東電発表の計画停電予定表
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この表で大まかに確認→前日の夜の自治体発信のメールもチェック


どれだけの期間、この状態が続くのか予想もつかないな。
今は、電力を「熱」に変換する電化製品の長時間の使用は、
負荷が大きいため極力控えている状態。

毎晩電気で炊飯する我が家の、アンチecoな実情を考えれば、
(焚き立てじゃなくてもいいんじゃん?>英爺)
小分割のパンを12分で焼き上げ、家族3人分の1回の食事とするために
オーブンを使うことをためらう理由はなさそう。 ※消費電力の比較まではしていない
それでも控えているのは、パンを1回焼く電力で、
a-ki_laのカメラの充電池を出来るだけ何回も満たし、PCを立ち上げたいと思うから。

しっかし、暖房ナシ、照明ナシの部屋でPC使ってたら目ぇ悪くなるな...
でも、困ったことに、翌日の計画停電の実施or見送り情報や、
電車の運行計画の発表は、ネットが一番早いのだもの。
ウチの市のHPや申込制の携帯メールへの防犯・災害時情報は、
東電さんのHP更新より早い。
計画停電が始まって数日経ってから、新聞にもようやく、
見やすい表が掲載されるようになった。
ネットまたはスマートフォンに縁がない世帯は、困っちゃうよね。
それだって、停電してたら使えないし...


オーブン使わないで出来るパンもあるし、粉は何もパン用強力粉だけじゃない。
nene_coのことだから、きっといつかまた何か始めるさ。
震災前に作ったモンの記録がいくつかあるから、たまにポコッとアップする予定。
もう、いつ閉じてもいいやと思っていたこのBlog。
こんな事態になったら逆に、細々とでも続いたりして。<既に細々だし!




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by nene_co | 2011-03-21 10:14 | ホワイトボード